本日2月16日は日蓮聖人ご降誕800年の記念すべき日です。


ご降誕
小湊誕生寺では大法要が行われました。



ここで日蓮聖人の「誕生」ではなく「降誕」とする意味を考えてみたいと思います。

降誕とは神仏や聖人の生誕を敬った表現です。
日蓮聖人がこの世にお生まれになった事を、私たち日蓮宗の信仰を持つ者は歴史上の出来事ではなく、宗教的出来事として受け止めねばなりません。

ご降誕の聖日としてでなく、もし「日蓮というお坊さんが生まれた日」、ただの歴史上の事と捉えますと、感想は良くて「一宗派を立てた人が生まれて800年なんだねすごいね」程度かも知れません。

しかし私たち日蓮宗の信仰を持つ者にとっては日蓮聖人が生まれた事は宗教的な大切な出来事です。

法華経には、お釈迦様亡き後の世に、上行菩薩があらわれ法華経を広めるという事が書かれております。
日蓮聖人はその上行菩薩の再誕である自覚をもって法華経を広める事に尽力されました。
日蓮聖人がこの世に生まれなければ、「上行菩薩が法華経を広める」という法華経に書かれている事は絵空事となっていました。
しかし法華経に書かれている数々の事を日蓮聖人が身をもって実践、証明されたからこそ法華経の真実性が証明されたのです。

ご紹介した大法要を記録したyoutube上の4時間くらいのところで日蓮宗管長菅野猊下によるお話でこの聖日の持つ意味についても語られます。
是非お聞き頂ければと思います。

仰っておられて印象に残ったのは

上行菩薩たる日蓮聖人でなければお釈迦様の本意である法華経の真価を深く理解しお題目を広めることは出来なかった。
しかし法華経、お題目は上行菩薩たる日蓮聖人お一人だけで広まるわけではない。
そのため法華経では上行菩薩だけでなく、その場に居合わせた無数の菩薩にも法華経を広める事を託されている。
私たちは忘れてしまっているが、実は私たちはその場に居た菩薩で、仏様に法華経お題目を広める約束をしている。
その仏縁によって私たちは法華経の教えに出会い、お題目をお唱えしている。
この尊い日に、私たちも仏様に法華経を広める誓いを立てた菩薩であった事を思い出し、自らの安心、他の人々の心の安らぎ、世界の平和を呼びかけお題目を広めよう。

というような事を仰っておられました。
日蓮聖人がお生まれになった日に改めて意識を共有したい事だと思います。

和歌山県新宮市にあるお寺 日蓮宗本廣寺