先日、法事後のお経で三輪崎のお墓に行ったんですが、セイタカアワダチソウが群生していました。
セイタカアワダチソウ

程なく鼻がムズムズ・・・

今年は秋の花粉症がなかったな、と思ってたら遅れてただけなんですね。

花の色はキレイなのでアレルギーは勘弁して欲しいところです。

現在、三輪崎のあの辺りは川の工事が行われていてお墓へは迂回路が設けられています。

去年行った時は看板を見落としてお墓までの行き方が分からず、お檀家さんをお待たせしてしまった事を思い出しました。

しかしもう一年経つのに工事が終わらないって大変な工事なんだなあとか、あれからもう一年経ったのか、あの時はこんな話をしたなとか色々思い出されます

そういう意味では法事を定期的にする事は人生のリマインダーのような効果もあるのかも知れません。

リマインダーというのは備忘録というか、あらかじめ決めておいた日時になると約束や予定を通知してくれるスマホやパソコンの機能です。(ご存知かも知れませんが念のため)

年忌をするのは亡くなった翌年の1周忌、その翌年の3回忌、次が7回忌。

続いて13回忌、17回忌、と、このように3と7のつく年ごとに行います。

年忌法要として定期的に機会を設ける事で、私たちは客観的に時間の流れを確認しているという面もあるのかなあと思いました。

法事をする意味を考えてみますと、

年忌の時にはお寺に行ったりおうちにお坊さんを呼んだりして法事をする。

そしてご先祖ご家族にお経の功徳を届けて死後の幸せを祈り、私たちもお経の功徳を頂く。

また、仏様の教えに触れる事で命や人生について考える。

神仏や先祖といった尊い存在を感じて自らを省みる。

連綿と続く命の流れを感じ、家族の恩、お世話になった人たちに思いを馳せる。

といったところでしょうか。

こう考えてみると、折に触れ行われる法事は仏様やご先祖様、大事な人からのメッセージや思いを受け取る大切な機会です

日本人というか東アジアの人は、先祖供養を通して心の軸を鍛えたり整えたりしていたように思われます。

法事の時には生きていく上で忘れちゃいけない大事な事を思い出して、心を再調整したいものです。