本日、施餓鬼法要を無事おつとめしました。
これは自分のご家族ご先祖だけを供養する法要ではありません。
自分のご先祖だけでなく、全ての霊、餓鬼まで供養をする事で大きな功徳を積み、その功徳によって自分や先祖家族が救われる、という法要です。
自分たちと関係ないように思われるものを供養する事が自分たちの功徳になるのは不思議に思うかも知れません。
しかし自分たちだけ良ければいいわけじゃない、私たちが他とのつながりの上に存在している限り、「自分と他」で区別していては結局救われないんだというメッセージが込められた法要です。

残念ながら今回もコロナの予防の為、個別にお参りいただき焼香の上、読み上げ供養が終わったらお帰りいただく形式でおつとめしました。

お参りの皆様にはお焼香と読み上げだけ参加いただきましたが、本来あるお焼香の前後のお経や作法は住職一人で従来通りおつとめしております。加えてお参りが途切れた間は読経して出来るだけたくさんお経が上がるようにしました。

広いお堂でマスクをして、窓を開けた状態、お参りに来られるのは殆どがワクチン接種済みの方という状況で感染が起きる事は考えにくいのですが・・・。

皆様と声を合わせてお題目をお唱え出来る時が来れば良いなと念願しております。

普通の有難みを思い知らされているなあ。

和歌山県新宮市にあるお寺 日蓮宗本廣寺